
隣の芝生は青い
「おかえりなさい」
「あぁ、いたのか」
家に帰る道すがら、ゲイシーの住んでいる場所を通ると、ゲイシーがワゴン車を磨いていた。このフリーク街でわざわざあいさつする奴なんざ、こいつかジャックぐらいだなぁといつも思う。
「……また、殺してきたんですか?」
その一言にオレは足を止める。
「……なんでわかった」
「わずかに、硝煙の匂いがしたもので」
銃という武器はナイフや拳と違って血を纏わない。だから殺意も殺人も気づかれにくい――そう思ってオレは拳銃を携帯しているのだが。結局はこいつも同業者(殺人鬼)なのか。と、困ったような笑顔を浮かべるそのあどけない顔を一瞥した。
「一本吸わねぇか」
「……店仕舞いは終わったから、いいか。頂きます」
ゲイシーはオレの煙草を一本とライターを手渡すと、案外慣れた手つきで煙草に火をつける。久しぶりなのか少しむせたようだったが、暫くするとオレとゲイシーはその場に座り込んでふたり、煙をくゆらせた。
「――大変ですね、いつも」
ゲイシーがぽつりと呟いた。
「あなたの気持ちを完全に理解できるつもりはない、って前提ですけど、大切な人に裏切られるって、いつもしんどいんだろうなって」
「大切な人なんてもうとっくに殺したさ。慣れちまったよ」
ふうと煙を溜息のように吐き出す。
「今回のはその辺の女だ。気安く触れようとしてきたから癪に障った」
「あはは……。距離感って大切ですよね」
ゲイシーが少しむせながら苦笑する。
オレが第一に殺したのは親友。いつものように飲みに行った先でヤツはほざきやがった。「一発ヤろうぜ」と。
――その先記憶はなく、血まみれになった親友と、親友の血にまみれて肩で息をするオレと、騒然となった店内の悲鳴だけが頭にこびりついている。
「そうですか……」
そんな話をぽつりとしてやると、ゲイシーは少し申し訳なさそうにしながら、何か言いだそうとしている。そして意を決したように、言った。
「少し、羨ましいです」
「羨ましい?」
「私はまだそんなに、割り切れないから……」
「……あぁ」
確かにこいつは、他人を殺すには覚悟がない。変な癖や持論に紐づけて、いつでも逃げ場を用意している。正直、ヘタレに見えるかもしれない。――それでも、
「オレはお前が羨ましいよ」
「え!?」
ゲイシーは煙草を取り落とさんばかりに驚いた。そんなに驚くことだろうか。
「『何にも感じなくなること』っつーのは、なんてーか……寂しいもんだよ」
自分に欲情する奴らが、すべて気色悪い化け物に見えて、どんな人間も信用できなくなっていく。そんな人生になってしまった自分を振り返れば、どこからか「寂しい」という言葉になって零れていた。
「それもそう、ですね」
「お前はまだ『躊躇える』。それがオレには羨ましい」
「――個人的には、毎晩胸がつっかえるぐらいしんどいんですけどね。『隣の芝生は青い』、ということなんでしょうか」
「かもな」
短くなった煙草をオレが地面に踏み捨てる反面、ゲイシーは律儀に自分の吸い殻入れに入れる。
「じゃ、またな」
「えぇ、おやすみなさい」
それでも、交わらないことの安らぎを得られる。だからオレはここに帰ってきてしまうのだろう。
『隣の芝生』を羨む野郎だけの街、『フリーク街』に。
おしまい