
『柘榴の悪戯』※R18 ハーマン・ゲイシー
「ハーマンさん、おかえりなさ――あ……」
ハーマンが自宅へ戻ってきたのを迎えたその時、一瞬で全てを察した。
眼が、おかしい。
(……でも、なんか)
その日は異常な違和感を覚えた。何かがいつもと違う、殺気立った何かを感じる。
一瞬、甘い匂いが香った気がした。それはあまり嗅いだことがないが、酒ではよく使われる香り……。
(柘榴……?)
普段酒を飲まないハーマンだが、今日は外で酒を飲んできたのか飲まされてきたのか、ほのかに漂う甘い香り。
いやこれは、本当に酒の香りなのだろうか。場に突然現れた様にも感じる……そう逡巡していると。
「――があっ!!」
ハーマンがずんずんと歩を進めてきて、ゲイシーの首を絞めた。相変わらず目の焦点は定まっておらず、いつもと同じ――だが今日だけ特別違うのは、この場によくわからない「甘い香り」が漂っていること。
「ハーマン、さん……ッ!」
この状態の彼に何を言っても無駄だと言うことは分かっていたが、それでもこの謎の香りには嫌な予感がした。思わず問い詰めようとすれば、その身体を床に放り投げられる。
「ぐえっ、げほっ……」
ゲイシーが体制を建て直す前にまるで想定していたかのように、ハーマンはゲイシーのエプロンの紐の部分を外し、それで後ろ手を縛り付けた。
「――っえ!?ハーマンさん!?」
おかしい、絶対におかしい。普段なら、普通に(普通、と称してしまうのも変だが)そのままゲイシーに覆いかぶさる形で事を済ませる。なぜならそれで事足りて、彼は正気に返るからだ。――だが今日の彼は何かがおかしい。
彼に臀部を突き出す情けない格好になるのが恥ずかしくて、思わずゲイシーは彼の名を呼び続けた。しかし彼は苦しそうな声を漏らすだけだ。そして――身動きが取れないゲイシーの秘処に、それをねじ込む。
「うが――ぁ、や……ッ」
表情が見えないのがなぜか恥ずかしく感じる。しかし普段通り彼は容赦がない。まるで空っぽの心を満たすように、ごりごりとゲイシーの奥底を抉る。
そして相変わらず漂う、甘い香り。これが、今度はゲイシーの脳を蕩けさせていく。
(痛い、きもちいい、いたい、けど……あ、あ、)
いつの間にか自分の表情が恍惚として、涙と唾液に塗れ、赤く染まっていることに、本人が気付かないのが救いか。
やがてハーマンは一度それを抜き、ゲイシーの身体をそのままごろんと仰向けにする。
(!?)
ハーマンのその悪魔のような表情をみた瞬間に、正気に返った気がした――と同時に、自分がかなり情けない顔をしていた事にも気付き、顔をさらに赤らめる。
「あ、あの、ハーマンさん、こ、ここれは」
背中で手を縛られた分、腰が浮いている。気持ちよくなって先走った液をトロトロと流している自分のそれを睨まれて、強烈に恥ずかしくなる。
しかし当のハーマンはその様子に反応することもなく。そのままゲイシーの両腿を持ち上げ、自分のそれを挿入した。
「――っ、あ、あああ――っ!!」
連続で注がれる快楽。今度は彼の顔が真正面にある。情けない顔なんてしたくない。でも、時折香る柘榴の香りが、ゲイシーの脳にまたふわり漂ってくる。
「ハーマンさ、らめ、どうして、あっ、ああ、っ、きもちい――」
これは本来、彼の衝動を満たす行為。自分だけが満たされていては意味がない――でも、止まらない。とにかく今日の彼は、とにかく乱暴だが――ゲイシーにはそれが、絶頂まで至るに等しくて。
「――っ、お前は」
「!?」
今まで頑なに口を閉ざしていたハーマンが、突如口を開いた。表情は依然として悪魔のように恐ろしいままだが。
「お前は――誰だ?」
「ハーマン、さん……?」
それは明らかに、ゲイシーに問いかけられたものではない。ゲイシーにもわかるほど。
例えて言うならまるで「鏡」に問いかけているような。
「お前は誰だ」
「ハーマンさん」
「お前は誰だ」
「ハーマンさん!」
「お前は誰だ」
「ハーマンさん!!」
ゲイシーは知っている。これはもしかしたら相当危険な状態なのかもしれないと。彼はこれに似た『精神崩壊の術』を知っている。鏡に向かって『お前は誰だ』と唱え続ける事。
「私はゲイシーです!何があったんですか、本当に――今日のあなたは、おかしい!」
「お前は――誰だ!!」
「――っああっ、ん!!」
ハーマンは怯えるように荒く、ゲイシーに刃を突き立てる。そして香る、柘榴の香り。
(これは、まずい。私は、負けてはいけない――)
「――ッ!」
ゲイシーはぎゅっと目を閉じて、ハーマンから与えられる快楽に耐える。本当は奥をかき回されて、気持ちよくてたまらない。だが、彼を救うためには、こうするしかない。
「お前は誰だ!!」
「私は――ゲイシーですっ!!あなたの、――!」
言いかけて、言えなかった。自分はハーマンの……何なのだろう。
「お前は誰だ!」
(どうしよう、どうしよう、このままじゃ)
手をふさがれて、抱きしめてあげることもできない。自然と眼から、ツウと涙が零れた。
(こんなに苦しんでるのに、どうにもできないなんて)
柘榴の香りが消えていく。快楽は次第に悲しみに変わって、ゲイシーはいつの間にか……嗚咽をあげながら泣いていた。
そしてその瞬間、ハーマンの瞳がハッと正気に返る。
「ゲイシー……!?ゲイシー!!……ぁぁあああくそ!!俺はまた……!!」
ハーマンはゲイシーの捕縛を解きながら、涙するゲイシーに縋りつくように泣いた。
「すまない……本当に……!」
「よかった、よかったです……!」
捕縛を解かれた瞬間、ゲイシーは思わずハーマンを抱きしめた。正気に返ってくれたのがよほど嬉しかったのだろう。
「弁明をすると……相変わらず何も覚えてねぇんだ。……ただ、甘い香りがして、それで頭ン中がぐちゃぐちゃになったような気がする」
「……!それたぶん柘榴の香りですよね。……私も感じました。柘榴のお酒を飲んだりは?」
「いや、してねぇ」
「……だったら本当に、なんなんでしょう」
「あぁ……本当に、参るな」
この行為のあとは本当に彼らしくもなくふさぎこむので、一旦香りのことは放っておいて、改めて、ゲイシーは彼の肩を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫ですから。とりあえず、休みましょう」
「あぁ……」
後日、精神を狂わせる『柘榴の薬品』を売る商人が、ハーマンのアジトの近くで瓶を落として割ってしまっていたのが発覚したのだった……。
「私たちの事、バレてるんでしょうか」
「……あぁ、くそ」
たまたまだったのかなんなのか……2人は冷や汗をかくこととなった。
(それにしても)
ゲイシーがあの時紡げなかった、言葉。
(私たちの関係って、なんなんでしょうね)
ゲイシーは自分の身体を抱きしめながら、心の中で嘲笑した。